空想考察

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(3分小説)『八十路ブロガー モモノキアキヲ』

『我の名前は八十路ブロガー モモノキアキヲ』

 

 起の章


我の名前はモノノキアキヲ。

おかしなことには凝り性な癖に根っこの部分の性根の腐ったような飽き性故に、アキヲと申さん。

 

年の頃は八十路あたり。

背格好は中肉中背。

青き春は遠く過ぎ去りし過去の話。

華やかな思い出などひとつもなし。

特に親しき友もなく、女性の影など心配もなし。

実に人畜無害、印象薄き人間である。

 

ここ最近は外に出でずとも、なにやかにやら他人様と関われる。

なんとも我に都合善き事かな。

時には文明の利器に恐れおののくことあれど、それもまた楽しきひとときよ。

実に個性溢れる人々の多きことなり。

げに面白きかな異空間の世界よ。

 

少しばかり、我の話にをば、興味をお示し下さるか如何に。

お読みくれれば幸いと、ここに筆をいざ進めん。

御心配なさることもなし。

人畜無害な人間故、たわいのないこと喚くのみ。

しばしのお時間頂くが失礼致さん。

 


我はそもそも、実に面白みのクソもなき、一介のただの人間である。

ただただ、漫然と退屈な日々を繰り返す、それが我の日常生活。

 

だが、時には激しき創作に対する欲求が湧き上がる。

げに抑えがたき衝動なり。

この度、どうやら物書きに現れてしまった様子。

浮かび上がる思考を文字にして、書き流す。

そんな行動に興味が奪われてをる。

 

ひとりコツコツと紙にしたためていたものの、とある異世界を見つけた。

そこは、インターネットワールドなるもの。

様々な人間の息づく場所。

匿名が故に実に個性的な意見が飛び交い、なんとも刺激の強い場所である。

たまには、毒気にも当てられる。

それもまた豊かな表現なのであろう。

 

毒を吐く者は、時には自分の毒にあてられはしないのであろうかと、まあ余計な心配もしてはみる。

しかしながら、我が心配することではさらさらないことである。


そんなことはどうでもよかろう。

とりあえず、薄らかではあるが、何かしら書いてみようと思い抱いている次第である。

だがしかし、続くのかどうかは、まだまだはかりかねる。

さあ、どこまで続くのかお付き合い頂ければ幸いと存ず。

 

 承の章


我がこの『ぶろぐ』なるものを書き始めて、はやひとつきあまりが過ぎた。

はじめたときは、3日も書けばよいくらいにの心づもりであったのは、密かな秘密の話である。

実に一貫性のなき我が物を書くことのに実にこの『ぶろぐ』なるものは良いやうだ。

 

いまだ慣れぬことばかりの中、続いていることに驚きを隠せず。    

わからぬ言葉に翻弄されつつ、日々書き連ねては、『かすたまいず』などすることの楽しさよ。

まあ、その『かすたまいず』がまたクセモノであったりするのだが。

なまあたたかき優しさでをば、お読みくださる読者様には感謝しても、したりなきものなり。
  
ときに人様の優しさに触れては、心を震わせてありがたいと思うことしばしば。
 


我の書き連ねておる源を考察してみるに、おそらく我の気味の悪い性分が関係しておるやうな気がいたすのである。

暗闇の中で、並ぶ数字や動く数字、はたまたは『ぐらふ』などを眺めては、ひとりニヤリニヤリとしてをる姿は、他人様にはとてもお見せするわけにはまいらず。

 

こういったものは、明るき部屋にて、朗々と語りたいものではあるとは思うが、それはまだ先の話。

しばし時がひつやうか。

ああ、うららかな女性とこのやうな話ができたら楽しそうなのであるのだが、『八十路ぶろがー』という言葉を明るく受け止めてくれる女性が、果たして多くいるのかは、甚だ疑問である。

 


 転の章


時に『ぶろぐ』なるものを書いて読んでおっては出会う『えんじやう』なる言葉。

まことに、げにおそろしき言葉の様子。

毎日日々『えんじやう』にならぬ物になるように、少なき神経をすりへらし物を書く。

それでも『えんじやう』するときはするようである。

 

『えんじやう』の哮き炎に包まれし時、人は、はじめは絶望的感情に包まれるようであるが、程度を越えるとふと乾いた笑いも浮かぶとも聞く。

『えんじやう』の炎に見舞われた時には、そっとPCの画面を閉じて、『こめんと』なるものを見てはなるまいて。

時には脳を破壊しかねぬ力を持つのも。

それが、『えんじやうけいこめんとらん』なるものである。

みてはならぬものの、ひとつであろう。
 


しかし中には、自らこの『えんじやう』をのぞむものもあると聞く。

自ら、炎の火種を投下する。

『あくせす』、『ぴーぶい』というものを獲得するためである。

なんとも、おそろしき行動なり。

その先にはおそらく、『ぜに』の話もあるのであろう。

だが、『ぜに』は食べていくのに必要なものであるので、1円でもいただけるのなら、それはありがたいものであるのも確か。

まあ、一度くらい『えんじやう』するのも、これまた得難きよい経験であろう。

それすらも、また書けばよきことかな。


さらには、『ぶろぐ』のさーびすによっては、もっとでいーぷな深き世界もあるさうな。

くわばらくわばら。

逃げておこう。

つかまらぬことを、祈るのみ。

 

 

 結の章


さあさあ、ここまでお読み頂き、まこと感謝の言葉も足りず。

有り難きことかな、読者様の優しさ。

ひさびさに長き文章を書き、またもや添削に追われては、『げしゅたるとほうかい』というげんしやうにも、しっかりと見舞われて、『あいすのん』なる文明の産物にて、あたまを冷やしておるところなり。


異次元の世界にて、随分と他人様とのかかわりも致せていること、実に嬉しきことなりて、いざまた今日も物を書かんと欲す。

齢、八十路の独り身男の呟きは、上手く伝わったかは定かではござらぬが、うら若き女性の心をば掴めれば、本望なり。

誠に本望なり!!!


では、いざまた筆を進めん!

 

(了)

以上で『我の名前はモモノキアキヲ』は終了(打ち切り)になります。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

(このお話はフィクションです)

 

  • 後にremix-versionでお届けする予定もあります。

 

 

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