空想考察

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『サクラノミチコモノガタリ』(5分小説)

 『サクラノミチコモノガタリ』(小説)読了目安5 分

 


 『はじまり』

とある、うららかな春、桜舞い散るなか、私、サクラノミチコはK 県のF市に降り立った。

同県内の、A市からやってきた。


母からしつらえてもらったスーツを慣れない気持ちで着て、入学式の会場へと向かった。

そこはM短期大学。

女子短期大学だ。


それも、かなりのお嬢さま学校であるときいた。

お嬢さまからは遠くかけはなれた私は、普通の公立学校出身者であった。


家はそれほど裕福ではなかった。

実のところ、両親とも私がそんな学校に合格できるなどと、露ほども思っていなかったのである。


適当に県内の公立の4年大学か、私立の短大なら行ってよいと、私に言っていた。

後に聞いたところによると、本当はどうせ落ちるだろうから、受けさせてやるだけなら、受けさせてやろうという、武士の情け的なものであったらしい。


だが、私はそれを真に受け、M短期大学を受験した。

そして、親の空気の読めないこの娘はなんと合格してしまったのである。


後に判明したことだが、そこは偏差値はそこそこだが、学費がえらく高い学校であった。

随分後で、母からしっかりとグチられてまあ大変。


しかし、それにはちゃんとワケがあったのだ。

学校に入った瞬間にヤバい所に来てしまったかもしれない…。という予感が訪れた。


入学式に、ズラリと外国人が並んでいる。

英語があちこちで飛び交っている。

不穏な気持ちで列に並ぶ。


入学式が終わり、諸手続を終え教室へ向かった。

ちなみに、私が入ったのは英文科。

私のいやな予感は的中した。

そこでの講義は例え日本人の教授であれ、すべて英語なのだ。


私がこの時に持っていた英検の級は…なんと3級だけ…。

ほとんど木の棒1本持ってるだけの状態。

そこはほぼ外国…。

果たして無事卒業できるのか、大いに不安になる私であった…。

 

 

 『マリアンヌ様』

入学早々に、装備品の購入である。

おびただしい数の英語のテキスト。

ほとんど日本語が見当たらない。


ついでに、仏教徒である私に聖書が手渡された。

そう、その学内はキリスト教の地。

郷にいれば郷に従え。


仕方がなく、分厚い聖書をうやうやしく受け取った。 

仏教徒が手に聖書を持ち、毎週火曜日のミサに出る。

…日本ならではの光景であろう。


その装備品の中には上履きがはいっていた。


ほぼ外国の校内は下足禁止なのである。


その上履きの名は『マリアンヌ』。

上履きの名前まで、お嬢さまなのか!?


しかし、この『マリアンヌ様』がくせ者で、つま先になぜか3つの隙間があり、必ず足の小指が出てしまうのだ。


しかし大丈夫。

皆、出ていた。


ついでに、『マリアンヌ様』は雨や雪の日に大変弱く、ツルツルとおすべりあそばすのであった。


だが、この『マリアンヌ様』とはいやでも2年間はお付き合いしなければならないので、うまく親密な関係を築く必要があったのである。

でなければ、マジで足元からすくわれかねない。


『マリアンヌ様』は大学の影の支配者であった。

 

 

   『怒り狂う牧師のジョン先生』

その短大ではキリスト教の講義の時間が設けられていた。


講義はもちろんガッツリと、ネイティブイングリッシュで行われた。

宗教学など、日本語でも十分いい子守歌になりそうな授業である。

それが、英語でなされるのであるから、これほど睡魔を誘うものもないであろう。


すると、この牧師のジョン先生はお怒りになる。

しかし、その怒ってらっしゃる言葉も、学生たちはよくわからないわけである。


で、ジョン先生の怒りは頂点に達する。

そこで我々学生たちに放たれる言葉がこれである。


GO  TO  HELL!!!(地獄へ落ちろ!ゴラア!な感じ)


そう、ここでやっと学生たちは先生がものすご~く怒っていることを理解するわけである。

(さすがに GO  TO  HELL!!!なら皆わかる )


さあ、一体卒業するまで何度この GO  TO  HELL!!!を聞いたことか?


たくさんありすぎて、忘れてしまった。

プライスレスならぬ、カウントレス。

 


   『階級』

ちなみにその短大には、とある階級の呼び名があった。


短大から入ったものはブロンズクラス。

高校からのエスカレーター組はシルバークラス。

さらに中学からのエスカレーター組はゴールドクラス。

最上級が幼稚園までその系列の幼稚園だった者はプラチナクラスである。


なので私はブロンズクラスであった。

まあ、階級の呼び名こそはあったけれども、特になんらそれによるいじわるなどの被害はなく、とても皆さん明るく朗らかな学生たちばかりの学校であった。

お嬢さまたちは、いじわるなどはしないのである。

 


 
    『あかん。先生の言葉がわかりません。』

講義がはじまった。

テキストに日本語が見当たらない。

全てが英語の講義。

何を説明されているのか?

そもそも、いったいテキストのどのページの講義なのかすらわからない。


学生たちはみな、動揺を隠せていない。

だが教授の皆木京子(仮名)先生は眉ひとず動かさず、淡々と講義すすめていく。


まれに、メガネのむこうからチラリとこちらを見やるが、日本語を話す気はさらさら無いようだ。

この皆木京子先生は決してお若い訳ではなかったが、美しい先生で後に皆からは影で京子ちゃんと呼ばれていた。


しかし、この ザ プロフェッサー京子ちゃん、絶対日本語は話してくれない筋金入りのオールイングリッシュプロフェッサーであった。

何が困るって、課題も全部早口の英語で、口頭で言うだけなので、課題自体がわからない。(その課題が出たということも、とある学生が言うまで多くは気がつかなかった)


講義のあと皆で聞き取った京子ちゃんの言葉の断片をかき集めて、やっと課題の全貌がわかるというありさま。


…ザ プロフェッサー京子ちゃんは英検3級に容赦など一切ないのであった。 

 

 


 『Backspace!!』

講義には、タイピングもあった。

レポートを書くためだ。

タイピング検定を取らねば単位をくれないという。


忘れもしない。

そのタイピングのレッスンまでネイティブのオールイングリッシュレッスンだったのだ。

タイピング講師の名はウエスタンスタイルをこよなく愛するジャック。


いや、そこは日本人でいいだろう!?

今でも頭にこびりついて離れない、ウエスタン ジャックの口癖。


エイエスディエフ、ジェイケイエルセミ(ホームポジションのキー)

バーックスペイス!!!(異常にバが強い)


ウエスタン ジャック、申し訳ないがはっきり言ってあなたの英語はそれしか覚えていない。

あれから数十年経つが、いまだにキーボードに向かうと、たまにウエスタン ジャックの声が脳内再生される。

今こうしてタイピングで物を書けてのは、ウエスタン ジャック、あなたのおかげである。

大変感謝しております。

 

 

  『洋書を訳してこい…。だと?』

それはとある教授の講義。

そろそろ学生達も、いかに日本語を話さない教授達と闘って、単位を勝ち取るかの策が完成しつつあった。

だが、川中みさ子先生(学生間の通称ミサミサ)はそれを上回る攻撃を仕掛けてきた。


夏休み前のミサミサの講義の日、学生達に1冊ずつペーパーバックがそっと配られた。

ペーパーバックとは洋書のことである。

ミサミサは笑顔でそれを訳してこいというのである。


トランスレイト ザ ブック という不気味な英語が聞こえた。(その本、訳してきてね☆って感じ)


ページではない。

ブックである。


厚さは7~8mmくらい。

だが中は細かくおびただしい量の単語がビッシリと並んでいた。

それを夏休みの間に1冊丸々訳してこいというのである。


かわいらしい妙齢のこのミサミサは、微笑みを浮かべながら、かなり凄まじい攻撃を学生たちに仕掛けてくるのであった。(もちろん他にも課題はたっぷりあるのに…。)


学生達は、ペーパーバックを手に空を見つめた。

私も、ペーパーバックを手に空を見つめた。

この学校は確かキリスト教の地のはずなのに、神はいらっしゃらないようだ。と、私は心で涙を流した。

 

 

  『水玉レディ マサヨちゃん』

私の学生生活に安息の地はないかの如く感じていたが、実はひとつだけ安息の地があった。


それは『日本語』の講義。

唯一学内で存分に日本語の自由がゆるされるひととき。


日本語教授の先生の名は、玉岡マサヨ(仮名)先生。

マサヨ先生は、バリバリの水玉レディ。

絶対に水玉しか着ない。


それも全身。

トレードマークは大きな女優ハットとパラソル(もちろん水玉)。


私は、この奇抜な水玉レディの講義が一番楽しかった。

水玉レディ マサヨちゃんの得意技は、日本語のハイソな雑学を教えてくれることと、書評を書かせることだ。


とりあえず講義の前に、本を1冊読んでおく。

そして、講義でその書評を書くのだ。(原稿用紙3枚。制限時間10分。手書き。)

そして、それを回収し気に入ったものを選んで、それを書いた学生に発表させるのである。


私はその時、とある小説の書評を書いた。

マサヨちゃんにえらくよく誉められたことを覚えている。

ちょっと嬉しかった。


マサヨちゃんは、講義で日本語の奥深さをとても丁寧に教えてくれた。


中でも一番興味深かったのが『宗教』についてのレポートの課題だった。

このレポートの課題のおかげで、自分の中の宗教観がある程度定まった気がする。

水玉レディ マサヨちゃんの講義のレポートを書くのは、いつも楽しかった。

 

 

  『水玉レディPart2 白髪のレイチェル』

その短大にはもう一人の水玉レディが生息していた。


彼女の名は白髪のレイチェル。

英会話担当の講師。

やや高齢。とってもにこやか。


オールイングリッシュにもなれてきた。

話せはしないが、どうやれば単位をもらえるかの情報は聞き逃さなくなっていた。

この白髪のレイチェルなのだが、やっぱりパラソル愛用者なのである。(流行っていたのか?)


時には、自分の靴下の水玉を学生達に披露して、水玉がポルカドットというよ。と、学生達にだめ押しで教えてくれた。


わかりました。

水玉はポルカドットなのですね。

脳の内部までしっかりきざみこまれております。


でも、実の所…英会話はあんまりわかってませんでした…。

すみません。

 


  『クリエイティブライティング』

講義の中にはクリエイティブライティングなるものもあった。


教授(孫が大好きミスター ナカガワ)の出したテーマに沿って即興で英作文をさせられるのである。


なんと私は、ライティングだけはやたらと速かったのだ!

その理由は、その時はわかっていなかった。


これがライティングの速さの理由である。(後からわかったコト)

 

私は単に自分の覚えていた英文に、自分が知っている単語を入れ換えて、テーマに合いそうな英文を作っていたのである。(この時は文法書はまだ敵だった)


今だからわかるが、これはまったくもってクリエイティブではない!


私は、『書きたい事』を書いていたわけではない。


『楽に書ける程度の事』しか書いていなかったのだ!


よく思い出せば、他の学生は文法書等を使って、ちゃんと『書きたい事』を書いていた。


そりゃ、早いはずである。

皆が辞書を引きながら漢字で書いてるなか、カタカナで全文を書いているようなものだったのだ。


なので、内容では誉められたことはただの一度も無かった。(そりゃそうだ)


しかし、孫が大好きミスター ナカガワが、書く速度だけは認めてくれたおかげで、試験免除を頂けた。


結局、文法書とお友だちになれたのは随分と後の話である。


それにしても、この時点で相変わらず文法書から逃げ回っていた自分を振り返ると、顔から火が出そうである。

あの頃の自分に、少しは周りを見て真似でもしろ!と、今は言いたい。


それにしても、孫が大好きミスター ナカガワの講義終盤にちょこちょこ繰り出される孫自慢は結構長かった。(孫大好きオーラただ漏れ)

 

『卒論』

そんなこんなで、私のキャンパスライフはあれよあれよと過ぎてしまった。


英語の力は…あんまり伸びていなかった。


1年語学留学して英語できないまま帰ってくる方もいると聞いたことがある。

私はもっとひどい。

2年間も専門的な英語のシャワーの中で過ごして、ほとんど英語力が向上していなかったのだから。


できれば、今から通い直したい。

そしたら、教授達に張り付いて離れないだろう。


しつこく食い下がるウザイ学生になるであろう。

なぜなら、1回の講義は3000円位するのだから!(今頃知ってびっくりした!)


今さらだが、あの頃の自分をガッツリと叱りたい!

なぜ、学生の時にしっかり勉強をしなかったのか!?と!

だから、後でエライ目に合う羽目になったであろう!と!

 


教えて貰えるうちは、教わらなきゃ大損なのだ!と。

 

(了)

と、いうことで『サクラノミチコモノガタリ』終了です。

最後までお読みいただき有難うございました。

どうもお疲れ様でした。

おつきあい頂き本当に感謝いたします。

では。またお会いできれば幸いです。

 

 (このお話はフィクションです)

 

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